2012年9月1日土曜日

教会員の声・・・ズルイ


なぜ、そこがいいの?
少し前から、また変な言葉の使い方が登場しました。
ずるいことをしていない人に向かって「ズルイ」です。

ずるいの本当の意味は
「巧みになまける、狡猾、わるがしこい」(広辞苑)

それなのに、たまたま誰かが自分より良い状況だとなぜか「ズルイ」と言う。新しい物を持っているとか、どこかに出かけたとか、年齢より若く見えるとか。

軽い気持ちで非難しながら、そこにほめている意味合いを含めている。屈折した心持で、羨んであげるという持ち上げ方をしつつ、でも自分より上に行くなってすねている?

しかし『喜ぶものと共に喜び・・・・なさい』(ローマ人への手紙1215節)と聖書は言う。うらやましがったり、ズルイと非難がましいことを言わないで、まっすぐな心で喜ぶ。難しいけれど、これはもしかすると、自分のためではないかと思う。

だって、うらやんだり、非難したりする時の顔は醜い。部分部分の出来も良くないし、配置も今ひとつの上、長年使用で、しみしわたるみが生じている顔に、内面からのゆがみが浮かんでくるのは避けたい。人のことうらやましがってる余裕は、私にはもうないのです。危機感。

そういえば、ズルイと言う割に、仲間内のうそやごまかし、本当のずるいことには寛容だよね。東京電力体質はどこにでもある。

同じ境遇が保たれるなら、外部に対する「ずるい」行為は構わないけど、仲間うちで一人だけ幸せなのは「ズルイ」。やれやれ。「ずるい」の意味が二つあるんだね。

こういった言葉の使い方の底にあるのは、やはり横並び一直線が好きってことかしら。y・m


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